この度、nap galleryでは 1月22日(金)から2月27日(土)まで、高橋恭司写 真展「夜の深み」を開催いたします。日中の写真を多く制作してきた高橋が、 今回の新作では、湿度ある東京の夜を晒しています。そこには、人間が作り出 す幽玄の世界が現れ、朝には消えていく。現実世界と仮想世界の狭間に入り込 み撮影された作品です。また、夜の作品のために「フレスコジクレー」という特殊なプリント方法で作 品化いたしました。Type -cプリントとは違う新しい存在感のある作品に仕上が りました。是非ご高覧くださいませ。
高橋恭司「夜の深み」
女は小さくなり、点になり、消えていった。その空間の広がりの中で見えなくなっていった時の茫漠とした印象がヴェールのようになって残る。
夜は深い。しかし夜が見せるのは表面だけだ。夜という写真に、色は静かに 染み込んでゆく。金の光が混じり合う黄昏時から威嚇するような漆黒の闇まで、 夜は様々な階調で震える。色が妖しく浸潤し、時をかけて色調を変えてゆく。
路上に暗闇が忍び寄り、水溜まりに街の火を瞬かせる。マンホールのそばで泥酔する青白い屍のような男の呟きが聞こえる。行き過ぎる女の光る脚を追いかけてゆく。ガード下の埃まみれの叢へ夜の光が射し込む。くすんだ人工の花を満たした水槽に白い灯が反射し、男と女が眠りこけている。麻痺したような 感覚が続き、謎めく気分に誘われ、神秘を失い色褪せてゆく淡い夢、クラッシュしたヘッドライトがその夢をゆっくりトレースする。
これらの写真を通し、夜の溜め息が心を騒がせる。生きている者の眼を衰微 させ、生者に沈潜する死者の眼を目覚めさせる、その夜の企みに同調するなら、 記録というものは再び新たな意味を持ってくるだろう。ブレた像やボヤけた光 やアレた肌理は、生きている眼の瞬間的な断念であり、その隙間に入り込む死 者の魂の胎動である。滑り込む魂の震えは、夜の深みとなり、像に定着され、 その秘していた内実を開示する。願わくばその発色をなんとか留めておきたい。
女は次第に遠くなり、見えなくなった。形姿は小さくなり、やがてモアレのように滲み、夜の帳に包まれていった。その像を追い求めている。距離と焦点を撫でるように。無力のまま、手を少し、夜に泳がせる。離れていった像を少しだけ手繰り寄せるように。
伊藤俊治(美術史家/東京藝術大学教授)